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きみはきっと笑うだろう

記録とか歌詞とか、今の私とか。

20131207 20:28



【前夜】










隣の部屋からは一定のリズムで鼾声が響いてきていた。
それを聞きながら、彼はひとつ息をついた。随分深刻さを帯びた響きだった。
全く、徒に争うことに、一体なんの意味があるというのか。力と恐怖による支配など、所詮続きはしないというのに。ただ己を誇示したいだけだろう。あの方はご存じないのだ。自ら戦場に赴くことなどしないのだから。
彼は今一度、胸に溜まった重い息を吐き出した。


あの、凄惨さ。飛び散る血と肉片。響くのは狂ったような叫びと、元は冷たく、鈍く光っていた、そして今ではその名残さえ見つけられぬほどの、断末魔の赤に染まった金属、それらが幾度もぶつかり合う音。そうして日が暮れ、焚き火を囲んでの一時。誤魔化しの休息に身体を休める間も、鼻にこびりついて離れない、臭気―――


夜中に彼は目を覚ました。辺りを見回し、其処が自分の寝室であることを確かめると、ほっと胸を撫で下ろした。随分、久しぶりに見た。嫌な夢だ。あの頃、戦争が終わったばかりの頃は、こうやって毎晩飛び起きては、独り朝がくるまで布団の中で息を潜めていたというのに。一体いつの間に、夢に脅かされずに眠れるようになったのだろう。夕に感傷に浸ってしまったせいかな。彼は一瞬だけ自嘲気味な笑みを浮かべ、そうして次には、この数日の間に半ば日課の様になってしまった、その夕の謁見の内容について思いを馳せていた。


今日もまた、己の諫制は聞き届けられなかった。どうしてあの方は、此処まで力での支配に囚われるようになってしまったのか。今も他国には内密に、改良に改良を重ねた、新しいタイプの大砲を監製させている。元から確かに箝制を好むところがあり、危うさを感じることはあった。その度にどうにか其れを正そうと、言葉を重ねてきた己の努力は無駄だったのだろうか。彼は小さく頭を振った。いけない、思考が悪い方に向かってしまっている。少し気分を変えようと、彼は幼い頃暮らしていた、懐かしき故郷の風景を呼び起こした。



都とは違う、豊かな緑に囲まれた小さな村。仲間たちと遊びに入った山は音に溢れているのに、静かで心地好い。彼は一人でもよく山に入った。流れる風に身を委ねて、澗声に耳を傾けているのが好きだった。でも一番好きだったのは―――。春。何時もなら立ち入らない山奥、小高い丘があって、その頂上。其れを見つけた時、彼は思わず感声をあげた。其処にあったのは、一本の大木。風が吹くたびに淡い色の欠片が、無数空を舞う。桜だ。思わず呟いたそれに、静かな声が答える。綺麗でしょう?誰にも言っちゃだめよ、君にしか教えてないんだから。彼女は微笑った。



一番好きだったのは。彼は薄い微笑みを浮かべながら、閉じていた目をそっと開いた。あの少女と見た桜。名も知らない子だった。不意に現れて、いつの間にか消えていった。まるで、桜のような少女だった。そういえば、と彼は思う。自分たちはどうして別れたのだっけ。あの、桜は――。不意に、キィンと耳鳴りがした。彼は顔をしかめてこめかみを抑えた。耳の奥で、音がする。幾つもの音が重なった、これは、人の声と...水と、風の音?寒寒と冷えきったような――。彼は目を見開いた。嗚呼、そうか。今ではもうはっきりと分かるその音たちは、徐々に大きくなり、混ざりあい、別のものを作り出していった。

 


それは、彼が厭う――喊声。